July 8, 2020

『Good Hair』(2009)

 米中関係が悪化の一途をたどる中、NSC(アメリカ合衆国国家安全保障会議)のあるツイートが目に止まった。


 ウイグル問題に関してはこれに先行して、イスラム教徒に対して不妊手術や中絶の強要が行われているとするエイドリアン・ゼンツ氏の報告書をジェームスタウン財団が公表し、6月29日にポンペオ国務長官が批難したばかりだった。

 CNNが「米税関、毛髪13トンを押収 中国の強制収容所で虐待か」(参照)として次のように伝えている。

米税関・国境警備局(CBP)は、人の毛髪から作ったと思われる付け毛やかつらなどの美容品13トンを、ニューヨーク・ニューアークの港で1日に押収したと発表した。
押収した貨物は中国北西部の新疆ウイグル自治区から発送されたもので、強制労働や強制収容による人権侵害が疑われるとCBPは指摘する。商品価値はおよそ80万ドル(約8600万円)相当だった。
新疆ウイグル自治区には、イスラム教の少数民族ウイグル族の約1100万人が居住しており、米国務省は、100万人以上のウイグル族が強制収容所で拘束されていると推計する。そうした収容所では拷問や身体的・性的虐待、強制労働などが行われ、死者が出ているとの報告もある。
人の毛髪で作ったと思われる中国からの製品をCBPが押収するのは、今年に入って2度目だった。「こうした製品の生産は、極めて深刻な人権侵害に該当する」とCBPは強調している。

 そこでふと思い出したのが、日本未公開の映画『Good Hair』(参照)である。黒人コメディアンのクリス・ロックが黒人女性のストレートヘアに大胆に切り込んでいく本作は、カリスマ美容師たちが黒人美容業界の頂点をめざす「Bronner Brothers Hair Show」が同時進行する。60年以上、それも年2回このショーを開催しているブロナー・ブラザーズ社の社長兼CEOであるバーナード・ブロナーは「われわれ黒人は人口の12%に過ぎないが、ヘア製品の80%を消費している」と話す。





 このショーの「cash cow」(ドル箱)はいわゆる「relaxer」(縮毛矯正剤)であるが、黒人コメディアンのポール・ムーニーがぶっ込んでくる。

If your hair's relaxed, white people are relaxed.
(あなたが縮毛矯正すれば白人もリラックス)
If your hair is nappy, they're not happy.
(あなたが縮れ毛だったら彼らも不幸)

 じつはリラクサーの正体は水酸化ナトリウムである。鶏肉やアルミ缶も溶けていく映像がかなり衝撃的なのだが、それでも黒人女性にとっては切っても切れないものであり、一度手を出すとやめられないことから「creamy crack」とも呼ばれているという。

 3才から縮毛矯正を始めたまだあどけなさの残る少女に、クリスが「僕にはザーラという3才の娘がいるんだけど、まだ縮毛矯正してないんだ。やるべきかな?」と尋ねる場面。少女は「うん」と答える。「なぜ?」と聞くと、少女の口からこんな言葉が出てくる。

Cos...she's supposed to get a perm.

 つまり「そうするものだから」と言うのである。本作はとても示唆に富んだものとなっており、またいくつかの印象的なシーンがあるが、この少女の言葉とそれを受け止めるクリスの表情もまた後を引く。

 そして経済的に余裕があればリラクサーを卒業して、カツラの進化版「weave」(付け毛)に行く。このウィーヴには2通りあり、細かく編み込んだ地毛に縫い込んでいく部分タイプと、地毛全体を編み込んだ上にネットを被せて、そこに満遍なく縫い込んでいくフルタイプとがある。

 黒人ヘア産業は90億ドルという巨大な市場であるが、その60〜70%をウィーヴが占める。そしてそのウィーヴが一体どこからやって来るのかというと、インドである。クリスはチェンナイに乗り込み、寺から毛髪を買い取っている地元の業者や、毛髪のヤミ取引に詳しい男と接触する。男によると、就寝中の少女や映画館でスクリーンに釘づけの少女の髪の毛をこっそり切り落とすといった手口なのだが、どうも罪悪感は感じられない。

 寺から買い取ると言ったが、チェンナイから北西約60キロのティルパティにあるヴェンカツワラ寺院(Sri Venkateswara Temple)から買い取るのが合法的かつ一般的な毛髪の入手方法である。インドでは毎年1,000万人以上が「tonsure」(剃髪)して、その毛髪を神に捧げる。国民の85%が死ぬまでに少なくとも2回、この「トンスラ」という儀式で剃髪するという。

 そうして神に捧げられた毛髪はすぐさま競売に掛けられ、世界中に輸出される。主な輸出先はウィーヴの都・ロサンゼルス。ちなみにヴェンカツワラ寺院の収益はヴァチカンに次いで世界第2位であるらしい。

 ところで、作中に巨大なアフロの女性の肖像が映し出される。60年代後半から70年代にかけて暴力革命を唱えたブラックパンサー党の女性指導者・アンジェラ・デイヴィスその人である。黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開するこのアフロ戦士はまた同時にファッション・アイコンでもあった。彼女たちの登場で黒人たちは男女を問わずアフロを取り戻していくのである。

 ずっとそれまで黒人の若者たちはストレートヘアに憧れ、頭皮が焼ける思いに耐えながら縮毛矯正に励んでいたのだ。それが「Black is beautiful」が合言葉となり、20世紀前半に生み出されたアフロへの回帰へと結びついていくのである。

 しかし、やはりと言うべきか、アンジェラたちの過激な闘争は黒人の間にも反発を生んだ。アフロは過激派のシンボルと見なされるようになり、しだいに敬遠されるようになる。要するに、オシャレじゃなくなったのだ。


『監獄ビジネス』(アンジェラ・デイヴィス)

 アンジェラは刑務所廃止論者としても知られており、2008年の著書『監獄ビジネス:グローバリズムと産獄複合体』(参照)において、アメリカで拡大する民営監獄の構造について「軍産複合体(military–industrial complex)」ならぬ「産獄複合体(prison–industrial complex)」という用語を用いて問題提起する。そして人種差別や性差別、劣悪な囚人労働の実態に触れながら刑務所の廃止を訴えるのであるが、にわかにここでウイグルの問題が繋がってくるのである。

 アフロへの憧れが消えてストレートヘアに逆戻りした黒人女性は、長らくインドのヒンズー教徒の毛髪を頭に乗せていた。しかしここへ来て、ウイグルで強制収容されているイスラム教徒の毛髪がそこに参入しているのではないかと強く疑われているのである。

 現下の「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」運動においても、拳を突き上げているアンジェラの姿があった。ニューヨークの独立放送局「Democracy Now!」のエイミー・グッドマンが6月上旬にアンジェラをインタビューしている。




 BLM運動の要求は「警察予算を削減せよ」に集約されつつあるのだが、アンジェラはこう述べている。

I would say that abolition is not primarily a negative strategy. It’s not primarily about dismantling, getting rid of, but it’s about reenvisioning. It’s about building anew. 

 要するに、警察組織をいったん解体して再構想するのだという主張である。こうした考え方は奴隷制度や植民地主義を象徴する記念碑への攻撃に対しても共通している。

I think it’s important that we’re seeing these demonstrations, but I think at the same time we have to recognize that we cannot simply get rid of the history. We have to recognize the devastatingly negative role that that history has played in charting the trajectory of the United States of America. And so, I think that these assaults on statues represent an attempt to begin to think through what we have to do to bring down institutions and reenvision them, reorganize them, create new institutions that can attend to the needs of all people.

 アンジェラは彫像を撤去できても過去をなかったことにすることはできないと述べる。けれども、これまでの制度を破壊して新たに創造するために何をしなければならないかを考え始める試みでもあるはずだと、彫像の破壊行為を容認しているのである。これは急進派に典型的な考え方であり、そこに目新しさや彼女らしさを見出そうとしてもあまり意味はない。

 警察廃止論は彼女にとって刑務所廃止論の構成要素に過ぎない。ところが、そもそも世論が警察予算の削減といったレベルの要求に収束しつつある中、シアトルではデモ隊によって設置された自治区が無法地帯と化し、わずか3週間で警察当局によって強制排除される事態に至っている。いばらの道である。

 黒人女性の髪の毛もどうなっていくのだろうか。またアフロが来るのだろうか。それはそうと『Good Hair』は黒人ラッパーのアイス・Tのこんな名言で締めくくられている。

I just think that women shouldn't point fingers at other women for whatever they're doing to enhance their bodies. Other than that, do whatever makes you feel good, because, trust me, if a woman ain't happy with herself, she gonna bring nothing but pain to every-f*cking-body around her.
女が美を追求するために何やってても、それを女が責めちゃいけないと思うね。それ以外は好きなように自分の機嫌を取ってくれ。いいかい、女は自分に満足してなきゃクソ面倒なんだ。

『Good Hair』(2009)

Profile

吉田哲朗(よしだ・てつろう)
1973年愛媛県生まれ。青山学院大学経済学部卒業。浄土宗僧侶、総本山知恩院布教師。前・海立山延命寺住職。現在、東漸山金光寺副住職。

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